定例6 2019-02-25

今日も現場は梅雨空気味。
ただ雨は降らず、鉄骨の建て方は事無きにて順調に進む。
現場の方々は勿論、設計者としても、構造が立ち上がった時点でなんらかの安堵を感じる。
一息つくという感覚にも近い。

これまで検討を重ねてきた建築・空間の「素の型」が明らかになって、フィードバックを必然的に行う事になるからかもしれない。リアルタイムにフィードバックと前進を繰り返していた設計期間とは明らかに異なる、ある種の郷愁作業とも言えなくはないが、簡単に言うと、これからがより「リアルな確認」作業になっていく。様々な工種が制限時間と共にどっとやってくる、嵐の前の静けさの的な今の風景。括っている腹をよりきつく締め上げ挑まなければならない。

以前の職場にて、ある建築賞の審査に立ち会った際、審査員の先生が『この「素の型(構造)」が重要なんだよ』と仰られたのを思い出す。その頃の私は、世間知らずが過ぎていたので、それはどういう意味かと即問い返した。建築は構造が全てであり、その構造から乖離せず全体を納めることが重要で、出来上がる風景や空間に構造が透けてみえる、または構造が直接的に訴えかけ、≒ / = 構造、となるような状態が望ましいとのご意見を頂いた。その時は近代的な意見だとしか思っていなかったが、今はそのことが身に滲みる。

初源的な建築は全て構造といえる。純粋無垢なイメージは、無駄がなく魅力的だ。さて、今現在の建築は、、、少なくとも、建築の中にある構造は複層化しており、それら構造の間を統制・調整する一条の言語のようなものが求められることはわかるような気がする。その視点も重要であり、本締めによりトルクを得たピンテールが破断する音を心に刻むこともまた重要なこと。先ずは全てをリアルに体感し、考え、訴えかけなければいけないと考える。