はれて外部足場解体。
これまで見えないことが当然で、でもいつも思い描き実現に注力していた全体像がお目見えとなる。
この瞬間はいつも不思議な感覚を覚える。建築の規模や種類等でその感覚の違いはない。
期待と自省が入り混じるこの時は、必ず現場に足を運ぶことにしている。これまでの苦労や調整が酬いとなっているか、はたまた自身の能力のなさにまた嫌気を感じるか。この現場ももれることなく、その両方を与えてくれることとなる。完璧は無い。しかしその無さが、次の工程やプロジェクトへのモチベーションにつながる。そして目の前に現れた現実のスケールを持った建築は、これまで過ごした時間の結実だと実感することができる。先ずは、尽力してくれた現場監督はじめ職人方々に感謝ともう一押しを申し上げる。

足場をとるということは、もはや注力が必要なくなる部分が発生することである。それを蒸し返すことは、施主ならびに全ての工事関係者に迷惑を与え、かつ自身のプロフェッショナルとしての能力の無さを露呈し信頼の低下を導くことになると考える。イメージした空間では無いと言い、現場で大きく計画変更する建築家もあるという。そのパワーをなぜ設計段階で使わないのか不思議で仕方ないが、そんな状況を施主が許可するのであれば何も言うことは無い(自身そのような施主にはあったことはない)。さて、あともう少し。
