その厚さはまちまちで、作り出す明暗が如何にも雲っぽい雲が空を覆う。
真夏に差し掛かる地面付近には暑さがこもり、吹く風も生暖かくなってきた。
幼少の頃を思い返すと、今のその暑さが昔とは異なる質のものだと分かる。日々過ごす時間や生活にある種のバイアスを見つけだしながら、対応という言葉でやり過ごしているとも言えないことはなく、本質的にはその異常さにより拍車をかけることになるのかもしれない。
充電式のファンジャケットを身に付け作業をする職人が行き交う。人が以前のように普通に作業できる夏ではない。そして、エアコンが故障した現場事務所では、弱中強の押しボタンを有する扇風機が、勿論強で3-4台フル稼動し、家庭用冷蔵庫の冷凍室にはアイスクリームが隙間なく詰め込まれ、その扉に張られた60円/本と書かれた紙をちらちら見つつ、定例会議が始まる。そのシーンだけ見ると、昔ながらの郷愁あふれる雰囲気だが、漂う空気と輻射熱はさながらサウナのよう。シャツの胸元や背中に滲む汗をパタパタさせ、早くエアコンが直らないものかと言いながら、諸々考えていた。

定例では、いつものように建設に関わる多種多様な内容が議論される。議事録、工程、申出内容の確認はもちろんのこと、塗装サンプルから詳細寸法、別途工事業者の調整、法規的なありかた、メタルタッチとなる部分の収め方などなど、あらゆる話題に溢れる。自身駆け出しの頃、初めて定例に参加した時とおそらく同様な内容だが、その時は何を言っているのか全く理解できず、ちんけなブラフでやり過ごしていた。周りから注がれる若気の至り的な眼差しは、今では赤面モノ。そう思えるようになったのは、おそらく建築・建設に関わる本質的なものに触れることが大事と少しは気付いてきたからかもしれない。もし気候変動についてより本質的なことに触れることができれば、今の状況を変化させる原動力になるものを見出す可能性が高くなるかもしれない。
実感とはこういうことなのだろうと、暑い鼻息を出し冷茶を啜りながら一考。
